銀行の不正検知を強化する行内データ活用戦略:予測・予防型への転換ポイント
AIやディープフェイクの悪用により不正取引が急速に高度化する中、銀行の不正検知は従来の後追い型では限界を迎えています。いま重要なのは、行内データを統合・活用し、未知の不正を事前に察知する「予測・予防型」への転換です。
本記事では、銀行が不正検知力を高めるための行内データ活用基盤と生成AIの連携戦略を解説します。
K. F
- 読み終わるまで 5分
巧妙化する不正取引の現状と銀行業界の課題
デジタル技術の進化は、私たちに利便性をもたらした一方で、金融犯罪のリスクも急拡大させています。フィッシング詐欺、なりすまし、マネーロンダリング(AML)といった不正取引の手口は年々高度化・巧妙化し、特にAIやディープフェイク技術の悪用によって、そのスピードはさらに加速しています。
銀行業界にとって、不正取引の検知と防止は顧客資産と信頼を守るうえで欠かせない「守り」の要です。しかし、その最前線では大きな課題が生じています。従来の不正検知システムは、過去の事例にもとづくルールやパターンに依存しており、新しい手口に対しては常に後手に回りがちです。ルール追加の遅れは、不正拡大のリスクを高める要因にもなります。こうした受動的な「後追い型」の仕組みでは、急速に巧妙化する不正に対応しきれなくなりつつあります。
予測・予防型 不正対策への転換
この限界を打ち破り、受動的な「後追い型」の守りから、能動的な「予測・予防型」の守りへとシフトするためには、単なるAIの導入だけでは不十分です。不正を事前に検知し、被害を未然に防ぐためには、銀行業界全体で「データ」に対する考え方を根本から変える必要があります。
セゾンテクノロジーのデータインテグレーションサービスでは、次の三位一体の戦略によって、不正の予兆を捉える強力な仕組みを構築します。
- 1.データ活用基盤の確立:行内のシステムデータと外部データをリアルタイムで統合し、疎結合で扱える「銀行データ活用基盤」を整備すること。
- 2.データの多角的な掛け合わせ:統合されたデータから、単なる取引単体では見えない、「不正を事前に検知する」ための「予兆」を炙り出すこと。
- 3.生成AIによる洞察と防御ルールの自動構築:不正のシナリオを自ら生成し、防御ルールを自動構築できる「知性」を持つこと。
この「データ連携×データの掛け合わせ×生成AI」こそが、顧客の信頼と真の金融サービス価値を提供するための、唯一の解決策となるのです。
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AIを「頭脳」にするデータ整備
従来の金融機関におけるAI活用では、データの質や構造の問題がAIの能力を十分に発揮できない要因となり、その結果、「攻め」と「守り」の両面で中途半端な状態が生まれていました。
AIエンジニアは、データの抽出やクレンジング、形式の統一などの準備作業に多くの時間を取られ、AIで本来の価値を発揮させて取り組むべき「不正の予兆発見」や「洞察の導出」に十分なリソースを割けない状況に置かれていたのです。
この課題を解決し、AIを真の「頭脳」として機能させるのが、「銀行データ連携基盤」です。

1. データ活用基盤の役割:不正を「予測」するための環境整備
行内には、勘定系・情報系・チャネル系など、複数の独立したシステムが存在し、それぞれが異なる形式のデータを扱っています。生成AIに適切な形式でデータを渡すためには、これらのデータを疎結合で柔軟につなぐデータ活用基盤の整備が欠かせません。
この基盤は、異なる形式、異なる場所に格納されたデータをリアルタイムに近い形で集約・標準化し、AIが理解しやすい統一されたデータフォーマットで提供します。これによりAIは、「データの場所や形式をそろえる」といった前処理から完全に解放されます。高品質かつ多角的なデータをすぐに利用できるため、リスク分析や顧客行動の予測といった洞察の創出、不正の事前検知といった本来のタスクに集中できるようになります。
2. データ掛け合わせによる複合的なインサイト:不正の予兆の捕捉
AIが洞察に専念できることで、複数のデータを瞬時に掛け合わせる複合的な分析が可能となり、強固な「守り」が実現します。従来のシステムでは、個別の取引データしか見ることができませんでした。しかし、連携基盤があれば、AIは以下のような複合的なデータの組み合わせを瞬時に分析し、不正が起こる前に予兆を捉えます。
- 「高額な送金指示」と「普段と異なるデバイスからのアクセス」
- 「直前のコールセンターへの不自然な問い合わせ履歴」や「住所変更手続きの試行」
- SNSやダークウェブ上の流出情報(外部データ)との照合
これらの行内データと外部データを組み合わせることで、単なるルールでは検知できなかった「不正の予兆」を事前に察知し、顧客の資産保護と信頼獲得に直結する真の価値を生み出します。
生成AI:不正シナリオの自動生成
データ活用基盤が整備された上で、その真価を発揮するのが生成AIです。生成AIは、単なる識別(従来のAI)に留まらず、自ら新たな不正リスクシナリオと防御ルールを「生成」する能力を持っています。これにより、不正の発生を未然に防ぐ「予防」が可能になります。
1. 不正シナリオと防御ルールの自動構築
生成AIは、複合的なデータを基に、「この取引はどのような意図、どのような手口で行われた不正取引となりうるのか」という不正の「物語(シナリオ)」を自動で生成できます。
- 未知の脅威への対応:大量の正常データから逸脱した微細な挙動を捉え、その背後にある複雑な関係性を分析し、不正の仮説を提案します。これにより、不正取引となりうる事象を事前に検知する防御ルールの自動構築を生成AI自身が考え、新たな手口による不正取引も見逃しません。人がルールを設定する前に、システムが自律的に「予防線」を張ることが可能になります。
2. 検知ロジックの最適化と誤検知の抑制
生成AIは、提案した不正シナリオに基づき、システム内で仮想的なシミュレーションを行うことで、最も効果的かつ誤検知の少ない「検知ロジック」を最適化できます。これは、「守り」の精度を高めつつ誤検知を減らすことで、正当な取引をスムーズにし、「攻め」によって築いた顧客の利便性という価値を維持することに繋がります。不正を事前に防ぎつつ、お客様の利便性を損なわない、というバランスを実現します。
「人の目検」を組み込む:AIと人の協調による防御
データ連携と生成AIによる自動防御は強固ですが、金融サービスの本質は「人」への信頼と「責任」です。AIが出した「不正の可能性」という洞察を、最終的に人間である専門家(コンプライアンス担当者など)が「目検」で判断するプロセスを組み込むことで、真に多角的な判断と顧客の信頼獲得が実現します。
1. AIの洞察に対する責任と多角的な視点
AIは複合的な根拠を持つ「洞察」としてリスクアラートを提示しますが、最終判断は人間が行います。専門家は、AIのロジックを理解した上で、以下の点で最終判断を行います。
- 法的・規制的観点:AIの判断が、最新の金融法規や国際的なAML/CFT規制に照らして適切か。
- 顧客の背景的観点:AIが見落としがちな顧客の個別事情やビジネスコンテキストなど、人間でなければ判断できない「情状」を考慮に入れることで、誤検知による顧客への不利益を避け、真摯なサービス価値を提供します。
AIはリスクの特定と予測に専念し、人間はそのリスクに対する最終的な意思決定と責任に専念する、という役割分担が、サービスの質を最大化します。
2. 専門家の知見によるAIの再学習
専門家による「目検」で得られた最終判断は、フィードバックとしてデータ連携基盤を通じてAIモデルに送り返されます。これにより、AIモデルは人間の専門家の知見を継続的に学習し、検知ロジックをさらに洗練・進化させることができます。これにより、AIと人間が協力し合い、不正の予防精度を無限に高めていく、攻守一体の高度なデータ活用サイクルを完成させます。
結論:攻守一体のデータ戦略をデータ活用基盤で実現
銀行データ活用基盤によって、行内と外部の膨大なデータをリアルタイムに結合・統合し、その上に生成AIという知的なエンジンを載せる。そして、そのAIの洞察を専門家の「目」で最終確認し、多角的な判断と責任を果たす。これが、銀行業界が目指すべき「攻め」と「守り」を両立させるデータ戦略です。
AIが不正を事前に検知し、防御ルールを自動で構築する(予防)この仕組みによって、銀行業界は、不正リスクから顧客資産と信頼を守り(=守り)、同時に誤検知を減らして円滑な取引を保証することで収益機会を最大化する(=攻め)という、真の金融サービス価値を顧客に提供し続けることができます。
執筆者プロフィール
K. F
- ・所 属:データインテグレーションコンサルティング部 ソリューションアーキテクト
- 前職では金融機関にて営業職および社内SEを経験。セゾンテクノロジーへ入社後、プリセールスとしてデータ連携基盤に関わる提案支援およびサービス企画を行いながら、金融領域におけるデータ活用法を発信。趣味は、野球観戦・温泉巡り・映画
- (所属は掲載時のものです)
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