脱炭素経営に向けて!データ連携基盤でGHG排出量をクイックに可視化
気候変動が深刻化するなか、多くの企業が脱炭素経営へのシフトを迫られています。排出量の正確な把握と削減施策の実施は、今や企業価値向上の重要な要素となりました。
炭素会計では、企業活動から生じる温室効果ガスの排出量を整理・集計し、削減に向けた計画を立案します。本記事では、炭素会計の基本的な考え方やGHG排出量算定プロセスの概要、さらにはデータが分散している現場でよく起こる課題、そしてデータ連携基盤を活用した解決策をご紹介します。
Shinnosuke Yamamoto -読み終わるまで6分

炭素会計とは
企業が排出する温室効果ガスを算定・管理する「炭素会計」について、基本的な概要と重要性を整理します。
炭素会計の概要
炭素会計とは、企業活動にともなう温室効果ガス排出量を把握し、削減目標や施策の効果を検証する仕組みです。具体的には、使用した燃料や電力、製造工程で発生する排出量を数値化し、それぞれの部門や拠点のデータを合算して全社的な排出量を導き出します。
排出量は一般的に「活動量」と「排出係数」によって求められます。活動量とは事業活動の中で発生する量的な情報を指し、電気使用量や廃棄物量などが該当します。排出係数は活動量あたりのGHG排出量を示す係数であり、排出量原単位とも呼ばれます。排出係数は、環境省等が公開している情報を用いるのが一般的です。
炭素会計が注目される背景
2020年以降の温室効果ガス排出削減の国際的枠組みを定めたパリ協定や、各国が表明する2050年カーボンニュートラルに代表されるように、日本のみならず国際的に気候変動問題に対する関心が高まっています。
そのような社会情勢の中で、海外投資家からの資金調達や海外販売先からの情報開示要請に向けて、各社は排出量を正確に把握した上で情報開示に備えることが求められています。
また、経営理念や経営方針、SDGsやESGの取り組みの一環として炭素会計に取り組むことで、企業価値を高めて投資家や取引先との関係性を強化するといった効果も期待できます。
GHG排出量を算定するステップ
GHG排出量の算定は、一般的に情報収集、データ入力、可視化・分析の3つのステップで進められます。
STEP1. 情報収集
炭素会計の最初の段階は、企業全体の排出源を洗い出すことです。エネルギー使用量や燃料使用量、請求書や仕入れ明細など、排出量を推定できる情報をできるだけ網羅的に集める必要があります。特に、大規模な企業や多拠点展開している場合は、拠点間でデータ収集の方式が異なることも多く、集約に手間がかかります。
STEP2. データ入力
情報収集を経て得られたデータを所定のシステムや算定ツールに入力し、排出量を数値化します。近年では、請求データから排出量を自動で算定できるAIシステムも登場しており、入力工数を大幅に削減することが可能になりました。ただし、ツールごとに要求されるフォーマットが異なるため、事前にどのようにデータを整形するかを検討しておくことが重要です。
STEP3. 可視化・分析
入力されたデータをグラフやダッシュボードなどで可視化し、どこに排出量が集中しているかを明らかにします。例えば、燃料使用による直接排出が大きいのか、あるいは電力使用にともなう間接排出が中心なのかを正確に把握できれば、優先的に着手すべき削減施策を絞り込めます。さらに、分析結果を継続的にモニタリングすることで、削減効果を評価しながら目標を再設定することも可能になります。
GHG排出量の算定スコープ
排出量を測る際は、直接排出、間接排出、サプライチェーン排出の3つの観点から整理することが推奨されています。これらは一般的にScope1、Scope2、Scope3と呼ばれ、それぞれで排出量の責任範囲や算定方法が異なります。
Scope1. 企業が製造等で直接排出するGHG
自社の設備や製造プロセスで燃料を使用して生じる排出量がScope1にあたります。製造工場における燃料燃焼による排出が代表例です。これらは排出源が社内に完結しているため、比較的データをまとめやすいというメリットがあります。
Scope2. 企業が電気等で間接排出するGHG
購入した電力や熱、蒸気などの使用にともなって発生する間接排出がScope2として分類されます。Scope1と比べて排出源は自社外にある発電所などになりますが、契約情報や電力使用量等によって計算することができます。
Scope3. 上流工程/下流工程で間接排出されるGHG
サプライチェーン全体の排出量にあたるのがScope3です。製品の原材料調達や輸送、さらに使用・廃棄にいたるまでのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスを包括します。取引先や協力会社からのデータ提供が不可欠なため、データ連携の体制を整えないと正確な算定は難しく、ここをどう効率化するかが大きな課題になっています。
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⇒ データ連携 / データ連携基盤|用語集
炭素会計でよくあるデータの落とし穴
炭素会計を進めるにあたっては、さまざまな現場でデータの取り扱いに関する課題が浮上します。
落とし穴① データが使える状態ではない
排出量を算定するためには、エネルギー使用量や経理情報などのデータが必要ですが、そもそも電子化されておらず、加工しづらい形で保存されていることがあります。
たとえば、請求書が紙ベースだったり、PDF化されていても編集や集計がしにくかったりすると、集計前の前処理に多くの時間を要します。環境担当者や経理担当者が書類を手作業で集計しなければならない状況は、ミスが起きやすいだけでなく、担当者にとって大きな負担となります。加えて、リアルタイムでのデータ確認が難しく、排出量の傾向や異常値をすぐに発見しにくいという問題も生じます。
また、大きな組織ほど扱うデータ量は膨大であり、すべてを手入力で対応するのは非効率的です。チェック体制を整えたとしても、入力ミスをゼロにするのは難しく、作業を繰り返すたびに精度低下のリスクがあります。最終的に排出量算定そのものが不十分になる可能性も否めません。
落とし穴② データが散らばっていて集めるのが大変
複数の部門がそれぞれ別のシステムやフォーマットを用いて管理していると、データをまとめるだけでも大きな作業量が発生します。エネルギー使用量はエネルギー管理部門、電力の契約データは総務部門、そして会計データは経理部門といった具合に情報が分かれがちです。製造拠点や物流拠点などがそれぞれ別々のシステムを利用している場合には、統一的なフォーマットで取り出すのが困難になります。
また、古いオンプレミスのシステムから最新のクラウドサービスまで、企業内のIT環境は一様ではありません。そのため、データ連携の仕組みを構築しない限り、各システムをまたいだ自動的な集計は困難です。こうした課題が炭素会計全体のスピード感を左右します。
落とし穴③ データがバラバラで準備に時間がかかる
いざデータを集約しようとしても、フォーマットや品質が統一されていないと、結局は人力で整合性をとらなければなりません。Excel、CSV、PDFなど、形式が異なるデータをまとめて扱う際に発生する翻訳作業は避けて通れません。その際に、たとえば、同じ燃料使用量であっても、一方は月単位、もう一方は日単位で記録されていると、単位をそろえるために面倒な加工作業が必要になります。
組織の面では、サプライチェーン全体におけるデータの所有者がそれぞれ独自の手続きやフォーマットで運用している場合、連絡や交渉、承認プロセスなどを個別に行う必要があります。特に海外拠点や他社とのやり取りがある場合は、言語や時差などの要因も加わり、調整の負担はさらに大きくなります。
データ連携基盤による炭素会計の推進
課題が多い炭素会計も、データ連携基盤を活用することで大幅な省力化・効率化が期待できます。データ連携基盤によって炭素会計を推進する3つのフェーズについて、それぞれ解説します。
Phase1. データの入力・前処理
炭素会計のプロセスの中で、最初に取り組むのがデータの入力・前処理です。現場や協力会社が保有する使用量や請求データなどを、GHG排出量算定サービスで受け入れ可能な形に整えます。ここで鍵となるのがデータ連携基盤です。
排出量を算定するサービスは、定められた形式や単位でデータを入力することを前提としている場合が多いです。しかし、実際の業務で記録されるデータは、拠点ごとにフォーマットが違っていたり、単位が統一されていなかったりすることがあります。例えば、一部の工場では月間使用量を数字でまとめ、別の工場では日別の一覧を手書き入力しているケースもあります。
データ連携基盤を導入すると、異なる形式のデータが自動的に変換され、同じ算定サービスで扱えるようになります。これにより、従来は手動で行っていたデータの再入力や整合性チェックが大幅に削減され、排出量を迅速かつ正確に把握できるようになります。
Phase2. サービス「内」データ連携
Scope3など、サプライチェーン全体の排出量を把握するためには、協力会社や運送業者、最終ユーザーの使用実態など、多くの関係者からの情報が必要です。それぞれが独立して管理しているデータを集約するのは容易ではありません。
しかし、もし上流工程/下流工程を担うサプライヤーが同じ算定サービスを使用していれば、自社が必要とするScope3の情報は既に算定サービス上に存在することになります。
データ連携基盤によって算定サービスが持つ各サプライヤーのデータを共有することにより、個別の調整や二重入力を避けることができます。必要となる排出係数や使用量のフォーマットが容易に同期でき、再入力の手間や不一致によるズレを軽減できます。
Phase3. サービス「間」データ連携
炭素会計にはオープンなデータ連携が求められますが、実際には企業ごとに使っている算定サービスが異なることが珍しくありません。グローバルに事業を展開する企業ともなると、地域や業界によって利用するプラットフォームがバラバラになりがちです。こうした状況でも、共通のデータ連携基盤があればサービス間での情報交換が可能になります。
海外のサプライヤーは現地の算定サービスを使っていたり、別の業界では別のシステムが標準化されていたりと、算定サービスの種類は多岐にわたります。これらを一括して管理するには、単一の算定サービスに統一を強いるよりも、サービス間で共通化されたデータ連携基盤を活用するほうがスムーズです。
算定対象となる燃料使用量や電力使用量など、根本的に必要とされる情報はほとんど共通します。ツール独自のフォーマットの違いさえ吸収できれば、どのサービスからでも類似の算定結果を得ることができます。そのための橋渡し役がデータ連携基盤です。データ連携基盤を仮想的なハブとして位置づけることで、参加企業は自社のツールにデータを入力するだけで、他社が必要とする情報を自動的に提供できます。
さいごに
炭素会計は企業の脱炭素経営において重要な役割を担います。しかし、多岐にわたる情報源や管理システムの存在が、炭素会計を複雑化させているのも事実です。そこで、データ連携基盤を導入して異なる形式のデータを統一し、必要な先へスムーズに連携できる仕組みを築くことが重要です。
持続可能な社会を実現するためには、企業をはじめとするあらゆる組織が実効性のある脱炭素経営を実行していくことが求められます。炭素会計の取り組みをスムーズに進められる環境を整え、正確なデータに基づく判断を行うことが、未来への最善の一歩となるでしょう。
執筆者プロフィール

山本 進之介
- ・所 属:データインテグレーションコンサルティング部 Data & AI エバンジェリスト
- 入社後、データエンジニアとして大手製造業のお客様を中心にデータ基盤の設計・開発に従事。その後、データ連携の標準化や生成AI環境の導入に関する事業企画に携わる。2023年4月からはプリセールスとして、データ基盤に関わる提案およびサービス企画を行いながら、セミナーでの講演など、「データ×生成AI」領域のエバンジェリストとして活動。趣味は離島旅行と露天風呂巡り。
- (所属は掲載時のものです)
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