10年間のITトレンドを踏まえ、国産ベンダー3社が考えた「ジャパンITの勝ち筋」とは?
〜 HULFT Technology Days 2024 パネルディスカッションレポート 〜

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2024年10月に開催されたセゾンテクノロジーのイベント「HULFT Technology Days 2024」。多くのお客様やパートナー企業の方々にご参加いただき、今年も大盛況でした。
なかでも話題を呼んだのが、セゾンテクノロジーを含めた国産ソフトベンダー3社で行ったパネルディスカッションです。テーマは「データを制する者はAIを制す」。パネリストにウイングアーク1st株式会社 安田昴平氏、サイボウズ株式会社 伊佐政隆氏、モデレーターに株式会社角川アスキー総合研究所 TECH.ASCII.jp編集長の大谷イビサ氏を迎え、株式会社セゾンテクノロジー 有馬三郎も交えて過去・現在・未来の3つの切り口で「国産ソフトウェアベンダーの勝ち筋」に関する活発な議論を行いました(以下、社名敬称略)。

[パネリスト]
・ウイングアーク1st株式会社 CTO室 室長 安田昂平氏(写真中央左)
・サイボウズ株式会社 New Business Division 副本部長 伊佐政隆氏(写真中央右)
・株式会社セゾンテクノロジー 執行役員 CTO 有馬三郎(写真右)
[モデレーター]
・株式会社 角川アスキー総合研究所 デジタルメディア部 専門メディア課 TECH.ASCII.jp編集長 大谷イビサ氏(写真左)
※役職や所属は取材時のものです。

ウイングアーク1st、サイボウズ、セゾンテクノロジーによるパネルディスカッション

「DXのバラバラを、スルスルに。AI活用はデータ連携から。」をテーマに開催されたイベント「HULFT Technology Days 2024」。HULFTは1993年、異種環境のシステム間のファイル転送を実現するミドルウェアとして誕生ico-external-link.svgし、業務システムのスムーズな連携のほか、システムのオープン化・クラウド化、企業内データ活用などのニーズに応えてきました。誕生から30年を迎えた2023年には、クラウドネイティブのデータ連携プラットフォーム「HULFT Squareico-external-link.svg」も登場しています。

そんな歴史を踏まえ、本イベントでは「データを制する者はAIを制す 国産ソフトウェアメーカー3社が考えるジャパンITの勝ち筋」というパネルディスカッションが開催されました。

モデレーターを務める大谷イビサ氏は、IT記者として長くクラウド分野の取材に携わっており、最近は生成AIの開発者や活用事例のインタビューを手掛けています。

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モデレーターの大谷イビサ氏(TECH.ASCII.jp編集長)

パネリストのウイングアーク1st CTO室 室長の安田昴平氏は、ウイングアーク1stにジョインする以前、7年ほどベンチャーや大手企業で画像認識やディープラーニングのビジネス適用業務に従事していました。現在はCTO室にて、製品横断的に生成AIの適用戦略や技術戦略、新サービス開発業務を担当。ウイングアーク1stは現在、帳票・文書ソリューションと、データ分析基盤「Dr.Sum」と業務を加速させるBI「MotionBoard」を中心に企業のデータ活用を促進するデータエンパワーメントソリューションの2軸で事業を展開しています。

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パネリストの安田昴平氏(ウイングアーク1st CTO室 室長)

もう1人のパネリストはサイボウズ New Business Division 副本部長 伊佐政隆氏です。グループウェアを提供していたサイボウズがクラウドサービス事業を開始したのは2011年のことでした。2023年の連結売上高ではクラウド事業の売上が87.6%で222億8300万円を達成し、国産クラウドサービスを代表する存在となっています。

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パネリストの伊佐政隆氏(サイボウズ New Business Division 副本部長)

伊佐氏は2004年にサイボウズに入社、以来15年間同社ソリューションの普及に務めました。その後IoT事業を手掛けるソラコムに移り、IoTを運用管理するクラウドプラットフォーム事業に従事、2024年1月に再びサイボウズに戻り、現在は新製品の企画開発に携わっています。

セゾンテクノロジーからは、執行役員 CTOの有馬三郎がパネリストとして参加しました。有馬はHULHT Squareを含むHULFT開発部門の責任者であり、また経済産業省が進めている「デジタル時代の人材政策検討会ico-external-link.svg 」の委員として新しい時代の人材政策に関する会議に参加しています。

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パネリストの有馬三郎(セゾンテクノロジー 執行役員 CTO)

クラウドサービスや生成AI、そしてエンタープライズITの進化全般に深い造詣を持つメンバーが集まり、国産ソフトベンダーが目指すべき方向について議論が交わされました。

国産クラウドが本格化して10年、成否を分けた各社の戦略

最初にモデレーターの大谷氏が示したのは、「特に国産クラウド分野に焦点を当て、ここ10年間の各企業の戦略を検証しよう」というものでした。その狙いについて、大谷氏はASCII.jpに書いた自身のコラムico-external-link.svg を紹介しながら次のように説明します。

「クラウドが普及し始めた12〜13年前、『国産クラウドは外資系に刃が立たないのではないか』と予想がありました。しかし昨年私はサイボウズのイベントに参加して大きな盛り上がりを体感し、元気のある数々の国産クラウドベンダーや最高益を上げた事業者を見るなかで、『同じ国産のIT企業でも戦略によって生き残りの差が出た』という仮説を持つようになりました。その答え合わせを本セッションでやっていきたいと思います」

口火を切ったのは、サイボウズの伊佐氏でした。伊佐氏は2007年にGoogleワークスペース(当時はGoogle Apps)が登場した時、1GBのストレージ付きでGmailやアプリを無料で使えることに感激し、喜んで利用していました。しかし「日本に法人向けGoogle Appsの専門組織が設立される」というニュースを聞き、強い危機感を覚えたそうです。当時の状況について次のように振り返ります。

「Google Appsという圧倒的なサービスが法人向けになることで、一気に普及するだろうと思いました。サイボウズにとっても死活問題でした。会社全体でさまざまな新規事業に挑戦することになり、グループ企業でホスティング型SaaS事業をスタートしました。今の主力事業とは別物ですが、必死で挑戦していました」(伊佐氏)

対照的なのがウイングアーク1stでした。安田氏が10年前の同社の様子について周囲にヒアリングしたところ、「まずは目の前のお客様のことを考える」というスタンスを一貫して貫いていたそうです。

「10年前はちょうどDr.Sum Ver.5.0開発プロジェクトico-external-link.svg が立ち上がり、『100億件のデータを1秒で解析する』との無謀とも言える目標が立てられました。もちろん外資のクラウド動向はウォッチしていましたが、国産ツールベンダとして『圧倒的に高性能なエンジンを開発し、お客様を驚かせたい』というマインドが優先だったそうです」(安田氏)

セゾンテクノロジーは当時、クラウド時代の到来を受け、HULFTico-external-link.svgを活用してオンプレミスからクラウド環境へのスムーズなデータ連携に取り組んでいました。この取り組みが評価され、2015年にラスベガスで開催された「AWS re:Invent 2015」にて「Think Big」賞を受賞ico-external-link.svg しています(当時の社名はセゾン情報システムズ)。

これをきっかけに、セゾンテクノロジーは2016年に米国カリフォルニア州サンマテオに子会社を設立しました。有馬は「米国や海外ベンダーの強さの源である開発速度ややり方をキャッチアップするためにも海外進出は必須でした」と振り返ります。

その後は試行錯誤を繰り返し、HULFT、そしてノンプログラミング/ノーコード開発基盤の「DataSpider Servistaico-external-link.svg」をより広く届けるため、クラウド/マネージド分野で勝負することを決意し、2020年からHULFT Squareの開発に着手し、現在に至っています。

これらの話を受け、モデレーターの大谷氏は「それぞれの立場で突き進むことで商機を見出してきたわけですね」と総括しました。

生成AI時代におけるエンジニアの役割・意義を見つめ直そう

次の議題は「現在」の状況に対する各社の方向性の確認でした。焦点となったのは「生成AIとエンジニア」です。

このテーマも、ASCII.jpで取り上げたAI insideの調査結果『AI人材になりたい「潜在AI人材」が約2割』ico-external-link.svg という記事がベースとなっています。大谷氏は「ビジネスパーソンのなかには、リスキリングでAI人材を目指したいという層が約2割おり、これらの人々がIT人材不足解決の鍵を握ると見られています。一方で、エンジニアのコア業務を奪うと言われるAIについて、エンジニア自身はどう見ているのでしょうか」と疑問を投げかけます。

これに対し「IT人材不足」という側面で大きく同意したのがウイングアーク1stの安田氏でした。採用のパイが限られて採用が激化するなか、同社では「AIに強い人材」を青田買いする戦略に取り組んでいるそうです。なんと小学生向けプログラミング教室を開催し、参加者の子どもたちとは全員面接確約としているとのこと。大学とも連携し、AIスキルに優れた人材採用に向けて動いています。

実際、ウイングアーク1stのエンジニアはすでに要件定義や基本設計で一部AIを活用しています。安田氏は「生成AIを使うかどうかで初速がまったく異なるので、生産性向上につながっています」と評します。

サイボウズの伊佐氏は「会社全体としては、バックオフィス業務や販売業務も含め、AIを前提とした業務スタイルを想像しながら働いています」と説明します。プロダクト開発分野では、GitHub Copilotを利用するシーンも増えているそうですが、そうかといって「開発エンジニアがAIエンジニアを目指しているわけではない」とのこと。伊佐氏は「データサイエンティストが、AIエンジニアのポジションにシフトし始めているのではないでしょうか」と話し、「AIエンジニアリングにとってデータ分析は重要ですが、開発エンジニアとは温度感が違う感じがします」と正直な状況を打ち明けます。

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モデレーター/パネリストの皆さま

2人の話を聞いた有馬も「海外スタートアップでは、全員が開発やプログラミングに生成AIを使っているそうです」と話しました。しかし、生成AIがIT人材不足の解決になるかどうかは懐疑的というスタンスです。有馬が参加している人材政策検討会でも、1年前は「生成AIによってIT人材不足の解消が期待できる」と話していましたが、現在その楽観的なムードは消えているとのこと。理由は「生成AIだけでは開発業務を完全自動化できないから」です。

「今のところ、WordやExcelで書かれた設計書からAIが自動でコードを生成することはできません。その前後のプロセスをどのように変換していくかが現在のエンジニアに求められていることで、AIを開発プロセスにどう組み込むかを真剣に考える時期に来ています」と有馬は話します。

これを受け、安田氏も「ドキュメントの形式も、生成AIの学習に使われているPlantUMLやMermaidが見直されてきています。生成AIの活用を前提にするのならば、そのフォーマットに対応しておいた方が管理しやすいからです」と同意します。いずれにせよ、この分野はAIによってこれからも進化・変化し続けることが予想されるため、エンジニアも柔軟に対応することが必要です。

今後、AIを制する者は誰? AI時代を勝ち抜くために必要なこと

生成AIのさらなる進化が予想されている今日、国産ソフトベンダーは未来に対しどのように対処していけばいいのでしょうか。

このヒントが、大谷氏が参加した生成AIコンテストico-external-link.svg にありました。大谷氏は2024年、日本マイクロソフトのパートナー10社が参加する生成AIコンテスト「AI Challenge Day」の審査員を務めました。第1回のコンテストで優勝したのは日立製作所、第2回はアビームコンサルティングが優勝しましたが、両社とも「AIテクノロジーに造詣が深いわけではありませんでした」と大谷氏は話します。

「日立製作所はAIに強いというよりデータ分析の力が強い。アビームコンサルティングは、コンサルティング企業らしく課題の設定・抽出に優れていて、他の参加エンジニアが技術を試すことや作ることにフォーカスするなか、徹底的に顧客課題に集中していたのが印象的でした」(大谷氏)

この通りであれば、生成AIに関する技術的な知見や操作法のノウハウではなく、前提となるデータや課題に対する向き合い方こそが重要になります。大谷氏はこの点について、各社の見解を問いました。

有馬は「データはもちろん大事、そして生成AIを使う目的・意義を明確にしておくことはさらに大事」というスタンスを示したうえで、次のように続けました。

「データと目的が決まったら、次に問われるのはデータの精度です。具体的に言えば、そのデータはいつどこから来たものなのか、誰が作ったものなのか、オンプレミスのデータなのかクラウドなのか―最終的にはデータの信頼性の問題に行き着くので、そのデータの出自やこれまでの履歴を下流までしっかり保持することが大切です」(有馬)

有馬の意見を受け、伊佐氏もAI時代におけるデータガバナンスの重要性を指摘しました。

「AIを前提とした時、データのアクセス権をどう考えるかは非常に難易度の高い課題です。社内のあらゆる情報をAIが瞬時に把握したとして、その結果を誰に返していいのか判断を誤ると大きな問題が起こります。企業内でのデータ・AIの活用については、データのアクセス権まで含めてハンドリングする必要があります」(伊佐氏)と述べ、さらに「業務フローがデジタル化されていない場合は、AIを見据えて精度の高いデータを収集できるように整備しなくてはなりません」と示します。

安田氏も2人の意見に同意しつつ、「AI時代になっても変わらないこと」として次の2つを挙げました。

1つはデータクレンジングなど前処理の大切さ。前処理が重要であることは、ディープラーニングや機械学習の時代から言われていて、AIを有効活用できるかどうかは「前処理が8割」と言われています。どんなに優れたAIでも、ベースとなるデータが整備されていなければ能力を発揮できないのです。

もう1つは、「AIを使うことが目的になると、本末転倒になる」という事実です。どんなに優れたツールでも、ツールである以上はそれを活用する目的があるはず。それを忘れて、ツールを使うことが目的になってしまうと課題解決につながりません。安田氏は「お客様の課題理解を深めると、それがデータ整備にも生かされます」とアドバイスします。

有馬は、「データ整備を進めるうえで、データを利活用する側がそのデータの正確性や精度を共有するためにも、データがどこで生まれてどのように流れてきたのかを把握する仕組みが必要になります」と訴えました。

「お客様からの信頼性」をどう築いていくかが鍵

過去・現在・未来の視点でエンタープライズITを俯瞰すると、国産ソフトベンダーにはどのような方向に示されているのでしょうか。

安田氏は「とにかくお客様を見ることです。『生成AIが目的だと課題は解決できない』のと同じで、開発者本位の開発はお客様のためにはなりません。バリューチェーン全体でお客様を見ることが大切です」と述べました。

伊佐氏も、さまざまなパートナー企業とお客様を含めたエコシステムの重要性を説きました。「エコシステムで国内企業が協力し、同じビジョンを追いかけていくことが、日本のIT市場全体の成長につながると思います」と力説します。

有馬もこれらの意見に同意すると共に、特に「お客様からの信頼性を高めていくことが勝ち筋だと思います」と話します。そのためには、「時代とテクノロジーの動向を見て迅速に開発を進め、お客様に展開し、フィードバックをいただくサイクルを速めていくことが大事です」と続けます。

最後に大谷氏が「信頼性とスピードを両立することは難しいと思いますが、そこを乗り越えていくことが勝ち筋につながると思います」と述べ、パネルディスカッションは終了しました。次回も意義あるテーマを皆さまと共に考えていきますので、多くの方のご参加をお待ちしております!


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