GIGAスクール構想に対する取り組み

現在はGIGAスクール構想が各自治体で推進されていますが、この構想は子どもたちの日々の変化をデータから見ていく際に期待できる取り組みとなってくる可能性について、どのように感じていますか。

 1人1台端末を持つということの強みを生かしていけるのではと考えています。学力テストだけをしっかりデザインしても学力が伸びた理由がその子の生活環境に起因するかもしれませんし、塾に通っているか否かといったことが影響していることもあるでしょうから、学力向上がどこに起因したのかは学力テストだけでは判断できません。本来であれば、さまざまなデータを組み合わせていくなかで因果関係が見えてくるもの。テスト以外の日常のなかで多くのデータが生まれ、それを個人単位に紐づけられるGIGAスクール構想は、データ分析には極めて有用であり、我々も期待するポイントの1つだと考えています。

鎌倉市におけるGIGAスクール構想の進捗状況についてはいかがでしょうか。

 他の自治体と進捗状況が大きく異なるわけではありません。鎌倉市では小学校1年生から中学校3年生までの児童生徒全員にiPadを配っています。ただし、端末だけでは学びが孤立してしまうと考えており、対話的かつ主体的な学びにつなげるため、端末上の個人の学びをみんなの学びに変換する、学びを協働化するべく、各教室に大型の電子黒板(65インチのタッチパネルを備えたiPadのようなものとイメージするとわかりやすいでしょうか)を設置しています。なお、大型電子黒板の設置などは自治体側の財源となるため、財源的に難しい自治体も当然あるはずです。鎌倉市は、iPadと通信に必要なWi-Fi環境、そして大型電子黒板の3点を全て行き渡らせています。

環境整備がすでに行われていますが、実際の現場ではどのようなことに使われることを期待されていますか。

 環境整備が進んだことで、いろいろなことに活用できると考えています。具体的には「ふかめる・つたえる・つなげる・あわせる」と表現しています。

 デジタルデバイスを駆使して膨大な情報の海のなかから自分が調べたいこと、まとめていきたいこと、価値があることを自ら調査していくことができます。つまり、子どもが自分の探求心に応じて、学びを深めていくことができるというのが“ふかめる”というものです。

 何か自分たちでまとめて模造紙に書いて発表する場合、そもそも作ることに時間がかかってしまうケースもあり、全員が発表する時間が取れないことだってあります。デジタルデバイスを活用すれば、自らの思いを短時間で形にして、発表資料を作っていくことができますし、またそれを学校の中だけでなく外にも発信できる。これが“つたえる”です。

また、調べた情報をAirDropなどで瞬時に共有したり、発表する前にお互いの情報を共有しながらアイデアをつなげていったり、発表資料を共同編集できるようになるなど、学びの協働性が非常に高まっていきます。また、Zoomなどのビデオ会議ソフトを活用すれば、学校内外のさまざまな人たちと一緒に教育活動を行うこともできるなど、家庭・地域・学校がどこでも学びの場になります。これが“つなげる”が意味するところです。

 “あわせる”は、子どもたち一人ひとりに個別最適な学びを提供できるというものです。これまでは先生の口と黒板、そして教科書を用いて授業をするため、1つの時間に1つの単元しか扱うことができませんでした。例えば二次関数のグラフが分からない子どものなかには、そもそもグラフが理解できないケースもあれば、因数分解が分からない、四則演算が分かっていないなど子どもによってその原因が異なります。多様な原因を解消するには、先生の口と教科書での授業だけでは対応することは難しい。デジタルの力を活用することで、例えばAIドリルというソフトウェアを使うことで、誤った回答をした場合に過去の膨大なデータからその原因を子どもごとに分析し、教員に示してくれます。子どもごとに原因がある程度特定できるようになることで、個別最適な学びが提供できるようになると考えています。

データ連携の重要性について

GIGAスクール構想によって新たなデータが得られることで個別最適化された学びにつながることへの期待は確かに高いと思います。一方で、すでに得られているデータの活用に関してはいかがでしょうか。

 確かにさまざまなソフトウェアが現場には展開されていますが、それが個別にデータを持ってしまっており、いわゆるメタ的に分析できる状況にはなっていません。情報セキュリティの観点から、AIドリルやプレゼンテーションソフトなどの学習系のソフトウェア、成績や出欠状況などの子どもの個人情報を管理するような校務系のソフトウェア、さらに外部とメールでやり取りするような外部系のソフトウェアを、それぞれ分離して管理運用することが求められています。その結果、分析することが難しいという本質的な課題を抱えています。学力テストなどのデザインも改めて見直すことはもちろん、日々得られるさまざまなデータを大きなデータとしてとらえ、メタ的に分析していく環境づくりが1つの解決策になりうるのではと考えています。

 学力データとともに、相談履歴や出欠席の状況、指導履歴の回数などを組み合わせることで、例えばある子どもが不登校のリスクが高いといった、これまで気づきにくいことが見えてくることも。そして、何か特定のアクションをとったときにその傾向が改善され、それが迅速に把握できれば、日々の指導改善に生かすこともできるはずで、ステージ1の状況から一気にステージ2のデータを取得できる可能性も生まれてきます。すでにあるデータやこれから得られる情報をつなげていくことで、教育現場に役立つさまざまなヒントが得られるはずです。

 実は鎌倉では、“かまくらっ子の意識と実態調査”を継続的に行っており、子どもの生活習慣情報に関してのアンケートデータがあります。それぞれ単独では意味をなさないケースもありますが、学力データや出席日数などと組み合わせることで、家庭生活に不安を抱えている傾向があるといったことが分かる可能性も出てくるはずです。そうすれば、宿題をやってこないことを怒るのではなく、ソーシャルワークを含めてどういった支援が適切なのか考える契機となり、教員の関わり方も変わってくることにつながります。単発の学力調査やアンケートをどれだけデザインしてもできない、行動変容につながるようなアプローチに変わっていくはずです。まさにデータをつなげてみないと見えてこないわけで、その意味でも、安全で効果的な教育データの分析や、リアルな課題に基づくプログラミング学習といった分野への貢献を目指している、セゾン情報システムズの今後の取り組みにも期待しているところです。

データ活用やデータ連携という考え方について、教育現場ではどのように捉えられていますか。

 「鎌倉市共生社会の実現を目指す条例」の制定やSDGs未来都市に選定されている鎌倉市は、全ての人がお互いに人格、個性、多様な生き方などを尊重し合い、共に支え合える環境がある「共生社会」の方向性を明文化するなど、誰一人取り残さないという考え方を中心としたまちづくりを進めています。教育面でも、教育研修を通じてマインドの変革を進めているほか、教育相談コーディネーターを各学校に配置し、そのメンバーを中心に知見を集約していきながら、子どもたちの支援体制を整備する動きが出てきています。

 何か特別な教育活動をするためにエビデンスとなるデータを用いるのではなく、子どもたちのウェルビーイングのために、日々の指導改善を通じてより良い環境を醸成していくことには、理解が得られるはずです。例えば認知特性として本を読むのが得意でも話を聞くのが苦手で授業中座っていられない子どもがいれば、その子の特性を理解したうえで支援をしていくことができるようになる。日々教育現場でご苦労されている教員の方にも、これまでとは違うアプローチで支援できる環境づくりの一助となるはずだと考えています。

 すでに渋谷区や大阪市などでは、データをつなぎ合わせて新たなアプローチに向けた取り組みを進めている自治体もありますが、一からその環境を整えていくには非常にエネルギーとコストが必要です。これからGIGAスクール構想を通じてソフトウェアもさらに進化していくことが想定されており、環境の入れ替わりも激しくなってくることでしょう。オーダーメイドでデータ連携基盤を1700全ての自治体が準備していくことは現実的ではありません。その意味では、データ連携基盤を柔軟に活用できる汎用的なクラウドサービスは、教育業界でも求められてくることでしょう。