柔道日本選手、オリンピックでの過去最多金メダル獲得の裏側
〜データ活用で導く勝利への道〜

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2021年11月17日(水)・18日(木)の2日間、「情報は「知」へと進化する〜未来に向けて〜」をテーマに開催されたオンラインイベント「HULFT DAYS2021」。

初日となる11月17日には、柔道家・井上康生さん(以下、井上さん)が登壇しました。2021年の東京オリンピックで、個人で史上最多となる金メダル9個を獲得した柔道日本選手団。その躍進の裏側には、効果的なデータ活用がありました。

感覚的な要素が強いと考えられるスポーツに、一体どのようにデータを活用してきたのでしょうか。メンバーの能力を活かすパーソナルデータの活用方法やチームマネジメントまで、井上さんに語っていただきました。

▼井上康生氏のプロフィール
柔道家
井上 康生(いのうえ こうせい)東海大学 体育学部武道学科教授
1978年5月生まれ。宮崎県出身。東海大学付属相模高等学校を経て、東海大学体育学部武道学科卒業。同大学大学院体育学研究科修士課程修了。切れ味鋭い内股を武器に、大内刈、大外刈、背負投げなどを得意とする攻撃型柔道で数々の結果を残した。99、01、03世界選手権100キロ級で優勝。00年シドニーオリンピック100キロ級で金メダルを獲得。01~03年全日本選手権優勝。08年に第一線を退き、09年より2年間、英国に留学。帰国後の11年から全日本強化コーチ、12年11月より全日本男子監督を務め、16年リオオリンピックでは全階級メダル獲得、21年東京オリンピックでは史上最多の5個の金メダルを獲得した。

9年間の監督人生で感じたデータの重要性

私は2012年から2021年までの9年間、柔道全日本男子の監督を務めてきました。その中で、東京オリンピックに向けての戦略をどう詰めていくのか考えた際、大きく力になったのがデータの活用でした。社会のデジタル化が進む中で、スポーツ界・柔道界においてもデータを活用しながら、組織全体の能力を上げていけたと思います。

データ活用において欠かせなかったのは、「全日本柔道連盟科学研究部(以下、科研)」という特別部隊の存在です。中でも、科研の石井孝法さん(以下、石井さん)の力は絶大で、日本代表選手のパーソナルデータや、試合分析・映像分析といった様々な情報を共有いただきました。

パーソナルデータは、主に「フィジカル・メンタルの両面から選手自身の力を知ること」「長所を伸ばし、短所を改善すること」に役立ちました。対戦相手の試合分析からは、技の傾向や対戦時の相性が分かりました。それをもとに、次戦の予測を立てて対策を練ることができたんです。

勝負の世界はシンプルに、勝つか負けるか、それだけです。だからこそ、勝てば勝つほどおごらずに、より一層高いレベルを求めて成長すること。負けた場合は、反省を活かして次に勝つためのエネルギーに変えていくこと、これが非常に大事だと思います。「常在戦場(=戦いはどこでも繰り広げられている)」という言葉がありますが、スポーツだけではなく、世の中の様々な場面においても同じことが言えるでしょう。

データは選手の能力を活かすための裏付けに

我々のチームづくりの理想像は、選手の能力を伸ばし、個性を発揮してもらうことでした。そのために大切だったのが「強い自己肯定感」と「リスクマネジメント力」の2つです。

1つ目の「強い自己肯定感」は、一流二流を分けるポイントになります。トップに登り詰める選手は皆、「自分ならできる。必ず世界チャンピオンになる」という気持ちをしっかり持っています。この傾向は、選手自身のパーソナルデータの活用方法にも見られました。具体的には、データを見てトレーニング方法や筋肉量の違いなどを他の選手と比較し、自分に足りない部分を補うという使い方です。

このように、データによって現在の自分の状態が「数値」で可視化されるため、今後進むべき道が整理できます。自分自身の現状を把握し、データをもとに理想を追求していくことも、自己肯定感を育む上で大事な要素だと感じました。

2つ目の「リスクマネジメント力」も非常に重要です。最悪なケースを想定し、綿密に準備を重ねると隙がなくなり、より高いレベルへと成長できるからです。リスクマネジメントを徹底するにあたっても、データは欠かせません。たとえば、データを数字で可視化すると、「試合開始早々に反則になる」「3分経過すると持久力が下がる」「ゴールデンスコア(延長戦)になると負ける」といった選手一人ひとりの傾向が分かります。

これにより、選手の弱点を事前に克服してリスクを回避し、確実に試合に勝つための方針も立てやすくなりました。柔道は、一瞬のひらめきを頼りに瞬時に対応しなければいけない競技。感覚的な部分を磨いていくことも重要ですし、それがなければ勝ち抜いていけないのも事実です。ですが、我々は「感覚的な部分」と「論理的な部分」の両面を考えた取り組みを意識してきました。その裏付けとして、膨大なデータが非常に大きな役割を果たしてくれました。