歴史と素地はあるのに進まない、金融業界のデータ活用
事例とノウハウの横展開で業界全体の底上げを目指す

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金融機関は、顧客の入出金情報をはじめ、他業界にはない重要なデータを大量に保有している。しかし、そうしたデータの活用はあまり進んでいないのが実情だ。その背景には、金融機関同士の横のつながりが弱く、ノウハウを共有できていないという、業界特有の事情があるといわれている。
そうした中、金融業界全体のデータ活用水準の引き上げを目的に、金融機関やスタートアップ等の企業が集まって設立されたのが、一般社団法人金融データ活用推進協会(FDUA)だ。2022年11月、セゾン情報システムズが同協会へ加盟したことを機に、同協会代表理事の岡田拓郎氏、理事の佐藤市雄氏、企画出版委員会副委員長の小川幹雄氏に、設立の経緯や活動の内容、金融業界の抱える課題と展望についてうかがった。

▼プロフィール(写真左から)
SBIホールディングス株式会社 社長室ビッグデータ担当 次長 佐藤市雄氏
デジタル庁 デジタル社会共通機能グループ 統括官付 一般社団法人金融データ活用推進協会 代表理事 岡田拓郎氏
DataRobot Japan株式会社 データサイエンス ディレクター 小川幹雄氏
※役職や所属は取材時のものです。

金融データ活用推進協会ホームページ
金融データ活用推進協会について(Youtube動画)

膨大かつ正確なデータを保有し、活用の歴史と素地はどこよりもある金融業界

まずはFDUAの設立の経緯と理念についてお教えください。

小川 もともとは、私の会社が提供しているAI Cloud プラットフォーム DataRobotをいろいろな金融機関のお客様にご利用いただく中で、金融ユーザー会のようなものが発足して、ここにいる佐藤さん、岡田さんたちとの企業の垣根を越えた関係性ができました。ただ、そのメンバーだけだとツール紹介のみの関係になってしまうということで、岡田さんが2020年12月に「金融事業×人工知能コミュニティ」というFDUAの前身となる組織を立ち上げました。その趣旨は、金融機関やベンダーから有志が集まって、最先端のデータ活用や組織、人材育成などについて議論する、というものでした。

佐藤 それで2年ほど、コロナ禍もあって活動の大半をリモートで行っていたのですが、これからは対面で本格的に活動できそうだという状況になったとき、このまま東京にいる最先端のデータ活用に通じたメンバーだけで活動を続けていいのだろうか、と。もっといろいろな方に参加していただいて事例やノウハウを共有し、業界全体のデータ活用を底上げしなければ、産業自体が衰退してしまう、と思ったのです。
ちょうどそのタイミングで、三菱UFJ信託銀行のデジタル部門の推進役だった岡田さんが、デジタル庁に民間専門人材として勤務するようになりました。それもひとつのきっかけとなって、より幅広い取り組みにしていこうということで、2022年6月にFDUAの設立に至りました。会員数は31からスタートし、今は80を超える金融機関やスタートアップなどの団体に成長しています。

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DataRobot Japan株式会社
データサイエンス ディレクター 小川幹雄氏

FDUAの現在の活動状況についてご解説ください。

小川 いくつかの委員会を中心に活動しています。佐藤さんが委員長、私が副委員長を務めている企画出版委員会では、さまざまな金融機関の方と一緒に、データ活用のノウハウを形式知化する目的で、成功事例を本にまとめて出版を予定しています。
標準化委員会では、各金融機関におけるデータ活用の進捗等を客観的に判断できるチェックシートを作成しています。やはり金融機関の皆様は、自社のデータ活用の状況に不安を抱いています。自分たちのデータ活用はどの程度進んでいるのか、どこに弱点があるのか。それを自ら判断できるようにするために、お互いの状況を正直に打ち明けて協議し、金融業界の実情に沿った評価軸を定めています。
また、DX人材の育成や発掘に取り組んでいるのがデータコンペ委員会です。優秀なDX人材に金融業界へ入ってもらうためには、金融機関のデータ活用はおもしろい、と感じてもらわなければなりません。そこで、社会人だけでなく学生も対象として、コンペティションという形で金融データの活用を体験してもらうプログラムを計画しています。

佐藤 ただ、それだけだと会員の皆様にとってはなかなか参加しにくいので、定期的にイベント等を開催しています。隔週で行っている勉強会では、金融機関やパートナー企業の方に、皆様にとってデータ活用の入り口となるような、比較的平易な知見や事例を共有していただいています。
一方、業界内の横のつながりを広げる目的で開催しているミートアップでは、業界の中心的存在である都銀だけでなく、比較的新しい業種であるリース会社やカード会社の方だけで集まっていただいたりもしています。

小川 リース会社やカード会社には、「業界の大先輩である銀行の方の前では、『うちではこんなデータ活用を……』などと偉そうに話せません」という方が多いですよね。でも、ビジネスの特性上、データとの相性がよく、競合が多いというのもあって、実はデータ活用に関しては非常に進んでいますね。

佐藤 そうですね。同業種だけで集まるとそういうおもしろい話がどんどん出てきますし、同じ金融業界といっても結構幅があって、データ活用のテーマに違いがあるのが見えてきます。業界の中心だけにフォーカスしているとそういうことがわからないので、いろいろな角度からミートアップを企画するようにしています。

case_study_13_img_02.png SBIホールディングス株式会社
社長室ビッグデータ担当 次長 佐藤市雄氏

金融業界にはどのようなデータが存在し、現状どのように活用されているのですか?

小川 持っているのは主に入出金のデータと顧客の属性情報です。それらの最大の特性は、“嘘のつけないデータ”であることです。たとえば給与に関して、ほかの業界のアンケートデータなどだと、適当な数字を書くとか、端数を切り捨てるとかいったことがいくらでもできてしまいます。しかし、金融機関の場合、誰の口座にいつ、いくら入金された、というデータは事実として絶対に書き換えられません。ゆえに、今、誰が金融に関して困っているのか、どんなサービスを求めているのかといったことを、分析によって非常にはっきりと出せるわけです。
一方、欠点は、データとしての粒度が粗いことです。たとえばクレジットカードのデータの場合、買ったお店と金額ぐらいしかわからないので、単体での活用は難しく、他のデータと組み合わせる必要があります。その点、佐藤さんのSBIホールディングスのように、幅広くビジネスを展開している企業グループでは、入出金のデータだけでなく、他の業種で取得した家族構成や職業などのデータと組み合わせて分析することで、保険に入ったり家を買ったりしそうなタイミングを把握して、最適な提案をすることができます。

佐藤 金融というのは、そもそもすべてがデータの世界です。当然、正確性の高いデータを長年にわたって蓄積していて、今日において最先端のデータ活用とされているようなことを、すでにこれまでの歴史でやってきたわけです。ところがおもしろいことに、金融機関の方と話をすると、必ずといっていいほど「うちにはデータがないし、活用法もわからない」という反応が返ってきます。業務において無意識にやっていたことが実はデータ活用なのに、そう認識していないケースが多いということです。
地銀などは、各都道府県においてどの企業にも負けないほど圧倒的な量と正確さのデータを持っています。また、金融機関というのは、他の業界に比べれば、いろいろなデータを活用するためのシステムや社内体制、人材が揃っているはずです。AIで作り出される人工的なデータなど、新しいものをどんどん取り込める素地はあるわけです。ですから、お金以外のデータも蓄えてしっかり活用していく意識を持つことが大切ですし、そうすれば他業界にとってモデルとなるような事例がどんどん出てくる存在となり得ると思います。