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役立って初めて価値がある、ビジネス改革の手段としてのデータサイエンス

そして帰国後、大阪ガスで本格的にデータ活用を始めたということですが、成功例をいくつかお話しいただけますか?

たとえば、業務用ガス設備が壊れる前に修理する「予防保全活動」の効率化を目的として、設備の遠隔監視で得られるデータを分析し、故障の予兆を発見するモデルを開発・導入しました。また、大阪ガスの広大なガス供給エリアにおいて、ガス漏れの通報を受けて緊急出動する車両をどう配置すれば、効率的に短時間で現場へ急行できるか、という配置の最適化にもデータを活用しました。それから、詳しくは話せませんが、大阪ガスの投資判断や、LNG取引におけるリスク管理などにもデータ分析で貢献したと思います。

そうした大阪ガスのデータ活用の成功事例は、業界内だけでなく、社会的にも大きな注目を集めました。ただそれは、データ活用に多額の投資をしながら、なかなか成果を出せない企業が多いことの裏返しでもあると思います。成果を出せる企業と出せない企業の差はどこにあるとお考えですか?

大きく2つの要因があって、1つは会社の仕事のやり方の違いです。そもそもデータ分析というのは、直接的にビジネス上の課題を解決する方法ではなく、仕事のやり方を改善することで課題を解決するための手段です。ゆえに、仕事のやり方が形式知化されて初めて、データ分析による改善の方法が見えてくる。データ分析を成果につなげられないのは、仕事のやり方が属人化、要するに勘と経験に頼った暗黙知になっているからで、それが多くの日本企業の実情だと思います。
そしてもう1つ、できる企業とできない企業の差として挙げられる要因は、トップの意識。ここでいうのは経営層ではなく、社長の意識です。今後、日本の企業でも現場でのデータ活用は進んでいくと私は考えています。ただしそれは、業務改善レベルでの話です。業務プロセスの抜本的な改革やビジネスモデルの変革というレベルでのデータ活用となると、今までの仕事のやり方を否定することになるわけですから、必ず社内の抵抗にあい、なかなか進まないでしょう。倒産寸前になり、変わらざるを得ない状況に追い込まれればやるでしょうが、それでは間に合いません。先を読み、これまでを否定してまでビジネスを変えていく、ということをしなければならないわけです。
日本の企業でその判断ができるのは、社長だけです。全体の空気感でものごとが決まる日本の企業の合議制度では、顕在化していない将来の課題を見通した意思決定は難しい。それをできるのは、空気感を克服できる社長だけだと思うのです。だから、トップの意識というものがきわめて重要なのです。

ビジネスパーソンは、データ活用とはどういうものだと捉えるべきだとお考えですか?

これも2つあります。まず、データを活用するのは専門家ではなく、現場で直接ビジネスに携わっている人間である、という意識を持つことが大切です。本来はビジネス担当者がするべきなのに、その知識やスキルがないから、データサイエンティストの力を借りているだけなのです。あくまで主体はビジネス担当者である、という意識がないと、いつまで経ってもデータ活用はビジネスと連動しません。
もう1つ大事なのは、データ活用によって、業務“改善”レベルではなく業務“改革”レベルにまで行き着かないと、結局競争には勝てない、という危機感を持つことです。たとえば、5年前まではAIなどを積極的に取り入れていた企業が、費用対効果に見合ったAIプロジェクトの案件が減ってきたことを理由にAI活用の取り組みを縮小した、というような話をよく耳にします。費用対効果で見れば、実はそうなるのは当たり前です。なぜなら、今までの仕事の枠組みの中で、データ活用によって改善できそうなネタを食い尽くし、やることがなくなってしまっただけだからです。先ほども話したように、勘と経験で培ってきた仕事のやり方そのものを変える、すなわち業務改革レベルでデータを活用しなければ、企業として本当に強くなることはできないのです。

これまでのお話を踏まえ、河本先生は滋賀大学において、どのような方針で学生を指導していらっしゃいますか?

データサイエンスの専門家ではなく、経営者になってほしいという思いで学生を育てています。やはり社会や会社を大きく変えられる人間は、データサイエンティストではなく経営者。データサイエンスの素養を持った人間が経営の立場になってこそ、変革を実現できると考えています。
今、世の中でもてはやされているデータサイエンスですが、私は道具や専門家という側面よりも大切なことがあると思っています。データサイエンスの力がつくことで、業務改革やビジネスモデルチェンジのポテンシャルが高まってきた、それこそが本質なのです。すべてはトップの意思決定力にかかっている以上、企業という主体で考えたとき、そういう意識と力を持った経営者を育てることは、データサイエンティストを育てることよりはるかに大切です。極論すれば、自社でデータサイエンティストを育てる必要はない。金さえ出せば、優秀なデータサイエンティストをいくらでも採用できるわけですから。

その上であえて、河本先生がデータサイエンティストとして大切にしていることを挙げていただくとすれば?

これまで話した通り、私の人生には3つのステージがあります。最初は、過保護な家庭で育った“甘ちゃん”の時代。続いて、自分の力で生きていかなくてはならなくなった“独り立ち”の時代。そして、その次に来たのが、手前味噌で恐縮なのですが、“使命感”の時代だったのです。これは自分でもなぜかわからないし、意識しているつもりはまったくないのですが、周りの人たちの話を聞くと、どうも自分の中には“使命感”というものがあるらしいのです。ただ、いわれてみると、会社の役に立たなければならない、社会に貢献しなければならない、という意識はすごく強いですし、それが自分のベースになっているというのは確かに感じます。
データサイエンティストは、いい分析をして自身の存在意義を示したい、という意識で臨むと、モラルハザードを起こしやすい職業です。だからこそ、社会や会社のためになんとか役に立ちたい、という思いを持つことは大切だと思います。そういう意味で、私にとってデータサイエンスは、誰かの役に立つための手段に過ぎないのです。運命的に、たまたまデータサイエンスという武器を与えられたので、その力に見合った貢献をすることが、私の使命だと思っています。

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