2024年10月10日(木)にベルサール東京日本橋で、10月16日(水)~17日(木)の2日間はオンラインで開催された「HULFT Technology Days 2024」。10月17日(木)には、ベンチャー企業の創業経営者である一方、北海道大学で人工知能の研究を行っている小川和也さん が登壇。「AI化社会の生存戦略~人工超知能社会を人間はどう生きるか~」と題して、AI化社会をどう生きてビジネスを進めていくのか、過去から未来を紐解きながら、その方策について語っていただきました。
▼小川和也氏のプロフィール
グランドデザイン株式会社 代表取締役社長
北海道大学 客員教授
※役職や所属は取材時のものです。
18世紀後半に始まった産業革命以降、人類を取り巻く技術は200年ほどかけて進化を続けてきましたが、第二次世界大戦終了後の20世紀後半からの50年間は、その200年の時を凌駕してしまうような進化を遂げています。
もともと人類は400万年以上かけてゆっくり、そして大きく進化してきました。石器や火がテクノロジーだった石器時代から、14世紀には羅針盤、火薬、活版印刷という三大発明が生まれ、18世紀半ばから19世紀のイギリスでの産業革命を経て、19世紀後半の科学や石油、鉄鋼などの技術革新による第二次産業革命が起こり、製造機械化による消費財の大量生産が可能になりました。そして20世紀には通信・輸送技術が発達し、これらの基盤のなかでコンピュータやインターネットが生まれてきたわけです。そして21世紀になると、人工化・知能技術の発達によってAIやゲノムテクノロジー、量子コンピュータといった、今回のテーマとなる技術が急速に発展してきました。
産業革命期と現在の人工知能を中心としたコンピュータテクノロジーの大きな違いは、資本集約から知識集約へと変わったことでしょう。資源である材料や価値としてのモノといった資本集約型だったものから、資源はデータに代わり知・情報が価値となる知識集約型へと移行しているのです。
進化やイノベーションは、実はきれいな直線で説明できることばかりでなく非線形や非連続であり、突然起こることも少なくないなど、進化は不規則であることをまずはイメージしておくべきで、それは未来を考えるうえでもしっかり理解しておきたいところです。
今後を見通すという観点では、メタバースをはじめ、新しいサービスや技術とどう向き合っていくのか悩ましいと感じている方も少なくないでしょう。自分で取り組むべきか、事業化すべきかといった局面も経験しているはずです。
そんなときには、科学技術の本質である “必然性”があるかないかという点を重視すべきで、それが普遍的なメッセージになると考えています。携帯電話は、当初は通話しかできないモノクロのデバイスでしたが、それが今のスマートフォンに進化していきました。これは人間が使い続けて革新させたものの一例です。新しいトレンドは、必ずその時点で人類にとって必然性があるかないのかを考えることが大切で、それが私の未来予測の大原則となっています。
ここで、AIについて基本的なことを整理します。そもそもAIとはさまざまな定義がありますが、多くは人間の脳が行っている思考や推論、学習、判断といった活動をコンピュータで人工的に作り出すというものです。実は人工知能は、50年以上かけて試行錯誤を繰り返しながら何度も冬の時代を経て、ディープラーニングあたりからようやく仕事に使えるという認識が広がってきました。すでにAIはブームというよりは、定着の時期に入り始めたと認識しています。
最近AIと言えば生成AIをイメージする方も多いと思いますが、それもディープラーニングの一分野です。このディープラーニングは人工知能の1つのパートで、そのなかに機械学習があり、データを与えて学習させる強化学習によって自己改善させていく機械学習の手法が、ディープラーニングになってから多層ニューラルネットワークを使用することでより賢くなってきたわけです。その延長線上に生成AIというものが存在しています。これもかなり大きな分類で、AIが何を指すのかを明確にしていく場合はもっと丁寧な説明が必要ですが、今日はこの大きな分類で話を進めていきます。
現在の大きな潮流を生み出しているのは、特化型人工知能と呼ばれるもので、特定の業務や分野に特化してある程度こなせるようになるAIです。ただし、人間のように柔軟に多様な状況を乗り切ることは困難で、特化型人工知能は“弱いAI”と称されることもあります。
これが進化すると、さまざまな課題を処理できるような汎用型人工知能に発展していくことになり、2030年代には汎用AI時代に入っていくと予測しているところです。これは“強いAI”と称されることもあります。さらにその先の2040年代には人間の脳の力を超えていき、再帰的自己改善が可能であるために勝手に成長を続けていき、人の手を離れていくような可能性と同時にリスクも伴う人工超知能になっていくことでしょう。そんな人工超知能が誕生したとき、果たして人間はどのようにAIと向き合ってどのように生きていけばいいのでしょうか。
AIは、シンプルに言えば脳の人工化とボーダレス化を加速させます。AI自体はいわゆる数学で、数式化やアルゴリズムに置き換えていくことになりますが、結局AI化を進めていくと人間の脳を模していく、つまり人間の脳が人工化していくため、生身の人間の脳と人工知能がボーダレスになっていくのです。たとえば、AIを作る際には、前頭葉の機能を人工知能で置き換えた場合はどうするか、というようなアプローチがあるわけです。
諸説あるものの、私も含めて我々の脳は複雑だと思っています。ただ、AIを作っていると実は割とシンプルなのではという見立てが出てきています。認識や言語理解、思考、意思決定といった、人間の脳でいう大脳皮質の各高次機能はわずか数十個程度のモジュールでそこそこ実現できてしまうのではという学者の方もいるほどです。脳自体は複雑でも、人間がアウトプットしていることを人工知能で実現しようとすれば、いくつかのモジュールを組み合わせていくことで、人間っぽいことができてしまうと言えなくはないのです。
いずれは、AIによって仮想世界が現実のように感じるようになり、そこで仮想現実がこれまで以上に身近なものになってくることでしょう。AIによって個人の気持ちや考えにより適応してくれるようになり、かつ処理速度が速くなってリアルタイム性が出てくることでコミュニケーションのズレがなくなったりと、ユーザーの環境に合わせて仮想の世界を現実のように見せてくれるわけです。
AI×仮想現実が色々な社会のシーンで使われることにより、仮想と現実のボーダレス化が進んでいくと考えています。象徴的なものの1つが私の研究テーマのメインである「Virtual Being」です。Virtual Beingは、バーチャルリアリティ(VR)の中でアバターやなど、バーチャルでありながら実質的な存在であり、そこにAIがリアリティを与えていくものです。Virtual Beingの1つとして人工生命があります。人工知能を活用して生命として模した人工生命をバーチャル空間などに存在させ、リアルな生物と共存共栄していくようなことも生まれるかもしれません。
実際に、アフリカツメガエルの幹細胞によって生み出された人工的な生命「ゼノボット」が2020年に誕生しており、生物ではあるものの人工生命は技術的には実現されています。これは複製したり子供を産むこともできます。さらに進化すれば、動物や人間そのものが人工生命化していくことも可能性としてあります。
また、仮想と現実のボーダレス化をもたらすものの1つが、ゲノム編集技術の向上です。人間を構成する遺伝情報であるゲノムについては、2020年にノーベル化学賞を受賞した2人の米国研究者によって格段に向上しました。AI技術によって数十億あるゲノム配列の解析が進み、2030年には人間のゲノム情報の解読が超高速かつ無料でできるようになるとも言われています。人間のゲノム解読が完全に実現したのは2000年前半でつい最近のことですが、その進化はAI技術によるところが大きいと言えます。倫理的な課題はあるものの、すでにゲノム編集技術によって子供を作ることも可能になっている今、人間の意思で最適なゲノム編集を施された、人間を超えた存在であるポストヒューマン(Posthuman)という概念も登場しています。AIによるゲノム編集技術よって、いずれポストヒューマンにつながっていくのではないかと私は考えています。
そして、量子力学の原理を応用することで飛躍的計算能力を備えた量子コンピュータが2040年代には実用化されるのではないかと期待を込めて見ています。AI×量子コンピュータとなると、これまでの次元を超えたとてつもない変化や進化が起こることになるでしょう。
2030年代以降は、AIの高度化とともに、ゲノム編集技術によって人工材料を生体へ適用するバイオマテリアル含め、人間そのものを作り変えていくことも現実的に起こり得ると考えられます。2018年にはすでにデザイナーベイビーが誕生するなど、少なくとも技術的には可能ながら、それを人間がマネージメントしている状況です。人の細胞をサルの胚に注入して異種の細胞をあわせもつ「キメラ」の実験も2021年に発表されるなど、SFのような世界が技術的には可能になっています。
そんな仮想と現実が融合する時代になっていくと、我々は仕事のなかで仮想と現実の融合にどう向き合っていくことが求められるのでしょうか。デジタルツインの活用やメタバースをはじめとした仮想空間への進出、ハイブリッドな働き方の導入などすでに実践している企業も多くあります。データプライバシーやセキュリティの強化も重要で、オンライン上で顧客とコミュニケーションを図る際に重要なカスタマーエクスペリエンスの強化なども含めて取り組んでいる企業は少なくありません。そして、AIが人間化していくことで、AIに代替可能な職業などもメディアで公開されて話題になっていることはご存じの通りでしょう。
そもそも人間が生きていく際には、常に外部環境の影響を受けるものです。狩猟時代であれば自然、産業化時代であれば機械による大量生産社会、そして情報化時代と現在のAI化時代になれば、ここまで語ってきたようなクローンやアバターといった人工物が外部環境として増えてきています。人工物が生物よりも多くなり今後も加速していくことが想定され、ゲノム編集技術や人とコンピュータの接続などが広がることで垣根がなくなっていくので、人工的に人間そのものをデザインするということが行われることに対して歯止めをかけるのか、進化させていくのかという瀬戸際にあるのが現状だと言えます。
本来人間は自然物であるという原理原則があるはずですが、さまざまな課題があるなかで技術的好奇心の方が先行している状況にあります。その技術の進化ペースがものすごく早いため、法律や倫理が後追いになりがちな状況は、私としては期待とともに半分は危惧している部分です。いずれ大事になってくるのは、外部環境が人工化していくなかで、人間の内部状態をどのように育てていくべきなのかという点です。
つまり人間の能力とは何なのか、何が人間を特別な存在にしているのかを今一度自問自答する必要があります。AIに奪われるのではなく、AIが人間としての質を高めるチャンスを与えてくれていると私自身思いながら、自分の経営判断がAIと比べて優れているのかといったことに対峙しつつ、経営者としての質を高めていこうと頑張っているところです。
その意味で大事になってくるのは、人間の中にある体験や公開していない情報、口コミといった、AIが触れていない、人間のなかの内在的情報を育てて増やしていくことです。例えば冷たいお茶よりも暖かいお茶のほうが商談率は高くなるという研究がありますが、温かいほうがほっとするという人間特有の知覚に関連している一例です。また、お店に入った時のホスピタリティなどに関連した「先味」や実際の食事のおいしさである「中味」、後日お礼のお便りが届いた時に感じる「後味」のおいしさなど、人間にはそういった感性や知覚もあります。もう1つ、昔は”お袋の味”といった表現もありましたが、気持ちや気分によって味覚にも影響が及ぶというのは、まさに人間が持つ特有の知覚なのです。
このように身体性への回帰を行い、人間のなかの内在的情報や価値を温めていくタイミングが今なのです。人類や人間と一括りに言っても、実際にはネアンデルタール人を含めた色々な人類が滅びて新しい人類に生まれ変わり、それが今の我々であるホモ・サピエンスとなってきました。この生存競争のなかでなぜホモ・サピエンスが生き残れたのかと言うと、共感や協調、愛情といった特筆すべき能力が備わっていることも一因だという説があります。生き残った我々ホモ・サピエンスは、元来この能力があるはずなのです。人間にしかできない仕事を考えるうえでは、人間がそもそも持っている能力を活かした仕事を作っていくことが大切だと考えています。
また、1つ欠かせないのが遊びの要素だとあらためて思っています。AI化や人工物社会のなかでは、合理的でロジック的なもので構成されている要素が多いものですが、遊び心を取り入れて環境を作っていくことが大事になってきます。
AIも役割分担するというよりは、人間の力を引き出すためのカウンターとしてどう使っていくのかという視点でのインタラクション・共創するための仲間としてのAI、いわゆるHumanistic AIをどう作っていくのかということを大切に考えているところです。
最後に、我々はホモ・サピエンスという観点に立ち返るべきだと思います。愛情や協調の能力は我々が生き残ることができた理由の大きな要素ですが、AI化や人工化、情報化社会のなかで外部環境とリアルと仮想の境界線が曖昧化していくと、クローンや人工知能、ロボットが多くのことを担う社会になっていくと思います。そのなかで人間の存在価値のようなものが問われた際、ホモ・サピエンスにしかない能力に立ち返った仕事づくりや環境づくりが、この先の未来を作っていくための鍵になると考えています。ホモ・サピエンスならではの共同体、協調型空間、社会デザインをしていきながら、「愛情」「協調」といったまさにホモ・サピエンスとしての能力に回帰する意識を高める。それこそが我々が生き残るための強みになるのではないでしょうか。仕事や組織を作るうえでもこの原理原則のなかで物事を発想していきたいと考えています。