日本最大級のAI専門メディアの編集長やAI関連企業の経営者などとして、AI分野を中心に幅広く活動する小澤健祐氏。これまでに1,000本以上のAI関連記事を執筆し、2023年10月には『生成AI導入の教科書』(ワン・パブリッシング)を上梓するなど、AI関連のインフルエンサーとして情報を発信し続けてきました。そんな小澤氏は、日本の企業における生成AI活用の現状や課題をどう分析し、今後なにをすべきと考えているのでしょうか? 成功事例や海外との比較、データ連携の重要性などの話題を交えながら語っていただきました。
▼小澤健祐氏のプロフィール
AI専門メディア AINOW編集長
一般社団法人生成AI活用普及協会 協議員
※役職や所属は取材時のものです。
「おざけん」というニックネームでAIに関する発信を7年(取材時)にわたって続けてきました。代表的なのは日本初のAI専門メディア「AINOW」の編集長です。また、一般社団法人生成AI活用普及協会では協議員として生成AIの普及に取り組んでいます。企業運営にもいろいろ携わっていて、生成AIを活用して企業ごとにAIアンバサダーを制作する画像・動画生成AIのプロフェッショナル集団AI HYVEや、YouTubeやTikTokでコンテンツマーケティングを展開するCinematoricoを経営するほか、複数の会社の顧問を務めています。また、経済メディア NewsPicksのプロピッカーや、千葉県船橋市の生成AIアドバイザーも務めています。講演の機会も多く、月に20回以上は登壇し、多くの方にAIの魅力を知っていただきたい思いのもと、活動をしています。
もともとはメディアに興味があり、高校時代から映像編集をずっとやっていて、大学ではメディア系の学科で学びました。一方、大学1年生のときから長く居酒屋で店長代行として働いたことで、ビジネスの知識を得て、社会人と話すことにも慣れていきました。大学2年生からは教育系ベンチャーに入社し、ディレクションや企画のおもしろさも学びました。その仕事をしていたとき、「AINOW」を運営するディップの今の上司にスカウトされて、「AIのメディアをやってほしい」といわれたのがきっかけでAI分野に関わるようになりました。
私が掲げているのは、「人間とAIが共存する社会をつくる」というビジョンです。今、日本には、AI分野全体を俯瞰的に語れる人材がいない、という大きな課題があると思っています。画像認識でも自然言語処理でも企業のAI活用でも、それぞれの専門家がいるのですが、私は自分の幅広いAIの知識を通じて、AI分野で架け橋になれるような役割を担いたいと考えています。
私の強みは、専門家や企業、国など、AIに関わるいろいろな人たちと日常的に接し、認知科学などの研究分野に触れることもあれば、企業のAI活用に触れることもある、業界内で横断的なポジションで活動できることです。AI分野の全体像を見て、自分というメディアを通じて正しい姿を伝えることで、AIを浸透させ、人間中心のより豊かな社会を実現するのが、私の目指すところです。
生成AIとは、テキストなどの入力情報からさまざまなコンテンツを生み出せるAIのことです。開発段階で膨大なデータを学習させて構築された大規模なモデルが、利用段階で入力された情報を処理し、コンテンツを出力します。現時点で、テキストから画像、動画、音声まで、あらゆる情報を入力でき、動画やアプリケーションなど、いろいろなコンテンツを出力できるようになっています。この入力と出力の組み合わせは、これから無限に広がっていくと考えられます。そう考えると、もはや「生成AI」という定義は当てはまらないのかもしれません。「認識機能」もかなり高くなっていますから。
現状として、日本企業の生成AIの導入率は、10~15%程度にとどまっているといわれています。その要因の1つとしては、生成AIを検索エンジンと同じようなものと勘違いしている人がまだまだ多いことが挙げられます。ChatGPTのインパクトのせいか、生成AIは日本において、単にわからないことを尋ねて回答を得るための存在のように誤解されていて、だから企業での活用がなかなか拡大しないという側面があります。しかし、生成AIとは本来、100点満点のテストで200点、300点を取るように、自分のクリエイティブな発想にブーストをかけていくような存在です。すでに設定された正解のある問いではなく、答えのない問いを一緒に解いていったりするような使い方が求められていると思います。
最近、システム面でもっとも注目しているのは、株式会社クレディセゾンの事例です。取締役 兼 専務執行役員 CDO 兼 CTOの小野和俊氏を筆頭にDXを推進する中で、データベースを参照して生成AIの回答精度を高めるRAG(検索拡張生成)という技術を用いて、Slackベースで社内のさまざまなお悩みに答えてくれるシステムを内製しました。これはかなり進んだ活用法ですし、DXの戦略資料がきれいにまとまっているなど、情報発信も非常に上手だと思います。
一方、組織という切り口では、日清食品ホールディングス株式会社に注目しています。代表取締役社長 CEOの安藤宏基氏が2023年4月の入社式において、ChatGPTで生成した新入社員へのメッセージを披露して以降、わずか1か月で社内向けの生成AIのシステムを作り、同時に組織変革や教育制度の導入なども進めるという、圧倒的なスピードで取り組んでいます。企業における生成AIの活用は、そのようなトップダウンでしか実現できないと私は思っています。なぜなら生成AIは、勤怠管理ツールのような強制力のあるものではないので、組織文化を変えなければ社員になかなか使ってもらえないからです。
※役職や所属は取材時のものです。
既存事業の改善という意味では、私の所属するディップの取り組みはおもしろいと思います。「dip AIエージェント」という、エージェントと会話するだけでアルバイトを探してくれる高度なシステムを実現しています。
ほかにも、株式会社メルカリの「メルカリAIアシスト」や、スマートニュース株式会社のAIを用いたニュースのサマリー機能など、生成AIを活用して既存事業をアップデートする事例はいろいろと出てきています。
日本は遅れているという捉え方もできますが、視点を変えると生成AIを活用する必要性が他国ほど高くなかっただけだと私は考えています。というのも日本は、交通網の発達ぶりや治安のよさ、コンビニや飲食店の便利さなど、社会システムとしてのレベルは世界屈指だと思っています。仮にインターネットやスマートフォンがなくても、ある程度いい生活を送れるでしょう。なぜなら日本の豊かさというのは、大部分が人的なプロセスによって支えられているからです。
仕事や働き方についても同じことがいえます。日本人は勤勉なので、情報を紙で扱うといったアナログな業務をあまり嫌がりません。結果として日本の企業は、業務の相当な部分を人的なプロセスに頼って最適化しまくり、それによって大きな成果を生み出せるようになりました。海外の企業では、日本ほど整っていないアナログなプロセスを構築する過程を経ずに、情報をためてデジタル化し、AIを活用して業務を自動化したりするわけですよね。それがリープフロッグ現象と呼ばれるものだと思います。要するに日本では、人の手だけで便利な社会を作れてしまったから、生成AIの活用も進まなかったということです。
日本人の多くは、そういう日本のよさや文化的な背景に目を向けずに、日本はダメだという謙遜から入ってしまうところがあると思います。これからの生成AIの時代には、日本の強みに目を向け、そこに生成AIをどのように乗算していくのか、誇りを持った戦略が求められていると思いますね。
とはいいつつも、少子高齢化やインフラの老朽化などの社会課題がある中で、たとえば「ロボティクス×LLM(大規模言語モデル)」で労働力不足を補うなど、さまざまな取り組みが求められてくると思います。ただ、いずれにしても重要なのは、その企業の持っている独自の情報やノウハウを生成AIといかにかけ合わせて強みを伸ばすか、という発想で戦略を立てることです。
たとえばディップは「バイトル」という求人情報メディアを運営しているのですが、約2,000名の営業部隊が各地域の店舗に直接赴いて取材し、求人情報を蓄積しています。OpenAIやGoogleなどの企業が絶対に持っていない情報を持っているからこそ、生成AIとかけ合わせることによって「dip AIエージェント」という独自のサービスを作れたわけです。同様に日本企業には、先ほど述べたようなしっかりとした業務プロセスがあり、その気になれば蓄積できる貴重な情報やノウハウが豊富にあると思うので、そこに目を向けて戦略を練ることが求められます。
またその上では、セゾンテクノロジーのHULFTのようなツールを活用し、データをしっかりと連携させて生成AIとかけ合わせられる状態にするという、データ基盤の整備が大切になるのは自明のことです。
生成AIの登場以前のDXにおいては、ルールベースの自動化が主で、Excelのように標準化された形式を持つ構造化データが分析の主な対象でした。しかし、生成AIによって、議事録や企画書、提案資料のような、ありとあらゆる非構造化データを処理できるようになりました。これは生成AIによってもたらされたもっともインパクトのある変化で、これによって今後、エポックメイキングな事例がどんどん出てくると予想されます。
そうしたとき、これからは会議の音声をすべて録音する、提案資料を1つの場所にまとめる、それらを全社で共有できるようにするといった、一歩進んだデータの基盤整備や連携が必要となるのは明らかです。
にもかかわらず、日本において生成AIの活用は、そうしたデータ起点でほとんど語られていません。今、企業がすべきことは、社内の情報やノウハウをどう資産化し、生成AIとかけ算できる状態にするかという、データの資産価値をしっかり考えることだと思います。そしてその際には、いわゆる「3V」、すなわち「Volume(量)」「Velocity(速さ)」「Variety(多様性)」という3つの視点からデータを評価することが大切です。
セゾンテクノロジーのHULFT Squareをはじめとするデータをつなぐ製品サービスには、次世代データプラットフォームとして、企業や街、自治体、国をまたいでデータを連携させ、そこから新たな価値を生み出す、という構想があると思います。日本の作り上げた貴重な社会システムをさらに高度にしていく上で、そうしたデータ連携・共有戦略は非常に重要であり、HULFTの果たす役割は大きいと感じています。
私は都市OSという、スマートシティにおけるデータ連携やサービス提供の基盤となるデジタルプラットフォームの概念が好きで、それを実現できるのは世界で日本ぐらいだと思っていますが、そこでもHULFTは有効活用できるのではないでしょうか。
これまで話したように、日本の社会や企業のよさは、スピードではありません。遅い、早いではなく、しっかりと正しい方向へ向かっていればいいわけですし、そういう俯瞰的な視点を持つことが大切だと思います。