人とAIが強力なタッグに、データの考えかたから運用までを流れで知る
~ターゲティングAIパターン構築~

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2015年、「ディープラーニング(深層学習)」に注目が集まった。同技術は、2006年に提唱、開発が続けられ2010年代には頭角を表し始め、人による補完が必要だった特徴の抽出、比較、分析がAIだけで可能となり、AI開発を飛躍的に加速させた。日進月歩で進化しつづけるAIはイラストやテキスト生成など身近なことも行えるようになったAIだが、ビジネスシーンでも古くから注目が集まっている。
特に銀行、金融業界では高いセキュリティ性が求められることのほか、支店などの運用で膨大なコストがかかることから、AIの活用に早くから着目していた。どの業務、どの分野にAIを導入し、活用できるのかを各行、各企業それぞれに頭をひねり試行錯誤をしていた。今回は、2023年2月に発刊した書籍『金融AI成功パターン』で第二章の執筆を担当したSBIホールディングス株式会社 社長室ビッグデータ担当の鍋倉由樹氏に、金融業界でのAI成功パターンを解説いただいた。

▼プロフィール
一般社団法人金融データ活用推進協会 企画出版委員会
SBIホールディングス株式会社 社長室ビッグデータ担当
鍋倉由樹氏
※役職や所属は取材時のものです。

金融業界のリーディングカンパニーが組織したAI専門部隊のひとり、鍋倉由樹氏

最初に鍋倉さんが所属するSBIホールディングスについて教えていただけますか?

ベンチャー・キャピタル事業を行うことを目的として、ソフトバンクの子会社のソフトバンク・インベストメントとして1999年に設立。2005年に現在のSBIホールディングスに商号変更しました。オンライン証券、銀行、保険などの金融サービス事業を中心に成長を続け、2023年3月期から金融サービス事業、投資事業、資産運用事業、暗号資産事業、非金融事業の5事業へと変更。「金融を核に金融を超える」を実現するべく、先進技術を活用した商品・サービスの改善や新たなビジネスの創出に力を入れるほか、地域金融機関と密に連携し、地方創生の取り組みにも注力しています。

鍋倉さんはSBIホールディングスでどのような業務に携わっていますか?

大学で宇宙放射線物理を専攻後、2017 年に SBI ホールディングスに新卒で入社。データサイエンティストとして、SBIグループおよび地域金融機関のAI・データ活用の推進を任されています。

私が所属する社長室ビッグデータ担当は、AI・データ活用の CoE(センターオブエクセレンス、部署横断型) 組織として、SBIグループのAI・データ活用の推進・統括を行っているほか、SBIグループで蓄積されたノウハウをもとに、地域金融機関へAI・データ活用を推進支援しています。

私も執筆に関わった『金融AI成功パターン』の第二章では、弊社や私が関わった地域金融機関との取り組みの中で個人融資のターゲティングAIについて解説しています。今回は、そのお話をいたします。

ターゲティングAIの基礎と考えかた

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ターゲティングAIとはどのようなものですか?

金融ビジネスの営業施策では、すべてのお客様にアプローチを行うとコストや時間がかかってしまうため、優先順位をつけてアプローチするお客様を絞り込むことが一般的です。例えば、「ダイレクトメールの送付」という営業施策においては、預金残高や年齢などの条件から優先順位をつけてアプローチ、送付先を絞り込むことが多いです。

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【動画スライド7から引用】
お客様に優先順位をつけ、アプローチ対象を絞ることでコストや時間を省く
*記事の文末に解説動画をご紹介しています。

優先順位をつける際、条件がシンプルである場合は獲得率が落ちてしまいます。これに対し、獲得率、つまりは精度を高めようと絞り込む条件を複雑にしてしまうと、人の手では3〜4件程度の条件を組み合わせることが限界となるほか、担当者の経験や勘に大きく依存してしまいます。

ターゲティング AI は、複雑な条件を組み合わせた優先順位付けを自動で行えるため、担当者の経験者に左右されることなく、精度や獲得率の高い絞りこみが期待できます。

実際にターゲティングAIは現場で利用されていますか?

特に個人融資の分野ではすでに活用されている金融機関が多い印象です。個人融資商品の中でも特にフリーローンやカードローンは、お客様の口座の動きなどから比較的ニーズの察知しやすい商品です。多くの銀行でニーズに合わせて、ダイレクトメールやアウトバウンドによる営業施策が行われています。このようなお客様一人ひとりの預金変動やローンの返済状況、入出金の動きを数カ月に渡ってターゲティングAIで分析することで、精度の高い資金ニーズのあるお客様を見付けることが可能です。

また、ターゲティング AI は顧客満足度の向上にも活用されています。将来、借り入れを行う確率を予測し、お客様が「借り入れしたい」と考えているであろうタイミングに合わせてダイレクトメールやアウトバウンド施策を行うことで、営業施策の獲得率、効果が向上するほか、お客様から「欲しいときに案内をくれる」と感じてもらい、ニーズのミスマッチを減らし、顧客満足度の向上も期待できます。

ターゲティングAIはどのようなデータから分析、予測を行っているのですか?

銀行の三大業務と言われる預金・融資・為替、それに伴うお客様の年齢、住所などの基礎情報に関するデータ、預金残高を記録しているデータ、融資の残高を記録しているデータ、入出金の履歴を記録しているデータなど、いわゆる勘定系データと呼ばれるデータを中心に利用しています。多くの銀行では、勘定系データをCRMデータとしてお客様ごとに情報を集約し、営業活動などに利用しています。個人融資のターゲティングAIの場合は、このCRMデータと、融資実行の履歴を記録した融資実行データの2つを使って構築を進めていきます。次の図をご覧ください。

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【動画スライド11から引用】
本ケースでのターゲティングAIのデータソース
※本データはひとりの顧客が保有する口座(本ケースでは、店番、CIF番号)はひとつとしている
*記事の文末に解説動画をご紹介しています。

これはCRMデータと融資実行データの例を示しています。CRMデータは、お客様ごとに、各基準年月の月末時点における年齢、預金残高、融資残高や、基準年月内の入出金回数などの情報が集約されています。融資実行データは、いつ、だれに、どの商品を、いくら融資したのかなどの情報が集約されています。

AIに渡すデータソースの基本的な考えかた

先ほどのデータソースをどのように加工していきますか?

まず、最終的にAutoMLに投入するデータ、ここではAI構築用データと言うこととしますが、AI構築用データをどう整理するか、4つの視点を解説します。

1:AI構築用データは1つのデータとして集約
本ケースではCRMデータと融資実行データと複数あるため、それぞれを集計・結合して1つのデータにします。

2:予測したい「ターゲット」と、予測するための「特徴量」を指定
本ケースでは「ターゲット」はある基準年月からXヶ月以内に借入があるかどうか。「特徴量」はCRMデータの各列、また列同士の情報を組み合わせたもの、例えば出金金額 / 入金金額などを作成・使用します。

3:AI構築用データの1行あたりの粒度を定義
AI構築用データの1行あたりの粒度は、「ターゲット」の定義によって決定されます。本ケースでは「ターゲット」は各お客様がある基準年月からXヶ月以内に借入があるかどうかなので、お客様ごとに予測をしたいことになります。そのため、1行あたりの粒度はお客様、すなわち店番とCIF(シフ)番号となります。1行あたりの粒度が店番・CIF番号ということは、AI構築用データでは店番・CIF番号が重複してはなりません。極端な例ですが、店番100、CIF番号111111の顧客は「1」、店番200、CIF番号222222の顧客は「2」と名付けていき、AI構築用データ上に重複がないか?を確認します。

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【動画スライド13から引用】
CRMデータと融資実行データを加工し、機械学習を実行するため、AI構築用データを作成していく
*記事の文末に解説動画をご紹介しています。

4:過学習を想定、予防する
最後に、本ケースにおいてAI構築用データの1行あたりの粒度となる、店番、CIF番号の列は削除する必要があります。本ケースは「顧客一人ひとりが現在からXヶ月以内に借入を行っていたかどうか」から「未来のXヶ月以内に借入を行う可能性があるか」の予測を目的としています。

本来、過去に借入を行った顧客の傾向、例えば預金残高が○○くらいで、入出金の頻度が○○くらいの顧客は借入確率が高い、といったことをAIには学習してほしいわけですが、店番、CIF番号の列が含まれた状態でAIを構築すると、店番が○○でCIF番号が○○だから借入確率が高いといった学習をしてしまう可能性があります。これを防止するために、店番・CIF番号の列は削除する必要があります。

人に指示を与えるときと同じですね。

そうですね。AIは飛躍的に進歩していますが、データを与えるだけで「自動で期待通りの結果を出してくれる」ものではありません。人が「何をどうやって欲しいのか?」を明確にし、的確に指示と情報を与える必要があります。